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親の因果が子に報う 「嵐が丘」のあらすじを解説3

 

エミリーブロンテ「嵐が丘」のあらすじ解説、三回目です。

今までの話はこちらから。

 

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ブロンテ三姉妹 左からアン、エミリー、シャーロット

 あらすじをネタバレ解説

 

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第十八章 主役は子供たちにバトンタッチ

キャサリンの死から月日がたち、娘のキャシーは13歳になりました。父親エドガーに大切に育てられ、文字通りの箱入り娘。彼女にとって嵐が丘やヒースクリフは、存在しないも同然です。

 

一方ヒースクリフから逃げ出した妻イザベラは病気となり、女手一つで育てた息子リントンの養育を兄のエドガーに頼みます。(この息子がとんでもないやつなのですが・・)

 

エドガーはこの甥を引き取るため鶫の辻を後にしますが、その間に好奇心の強いキャサリンは家を飛び出し、嵐が丘で偶然ヘアトンと出会います。

 

ヘアトンはヒースクリフから教育を受けさせてもらえず、読み書きもできない粗野な人間として育てられていました。キャサリンはこんな人物が自分のいとこだと知り、ショックを受けます。

 

第十九章 リントンが鶫の辻にやってくる! キャシーは大喜びするが・・

イザベラが無くなり、エドガーは甥のリントンを引き取ります。リントンはひ弱で、性格も気難しい陰気な少年でした。それでもキャサリンはいとこの到着を喜びます。

 

ところがその夜、嵐が丘の下男ジョウゼフがやってきます。ヒースクリフがリントンのうわさを聞きつけ、自分の息子を取り戻しにきたのです。

 

第二十章 鶫の辻に来て早々、嵐が丘に引き渡されるリントン

しぶしぶエドガーは翌朝リントンを嵐が丘に連れていくよう。ネリーに言いつけます。

 

嵐が丘ではヒースクリフがリントンの到着を待っていました。彼は自分の息子が虚弱で女々しい性格をしているのを見て落胆します。

 

リントンはヒースクリフに怯え、ここにはいたくない!と泣きわめくのでした。

  

第二十一章 キャシーとヒースクリフの出会い

 それから月日がたち、キャシーは16歳になります。誕生日、彼女は赤ライチョウの巣を見に行くと言って遠出をしますが、そこは嵐が丘の土地で、ヒースクリフに見つかってしまいます。

 

彼はキャシーを屋敷に招ねき、息子のリントンと再会させます。実はヒースクリフはリントンとキャシーを結婚させ、鶫の辻の財産を乗っ取ろうと企んでいたのです。(キャシーには相続権がありませんでした)

 

キャシーとリントンは仲良くなりますが、同じいとこのヘアトンは教養がなく、文字を読むことができないため二人からバカにされ面白くありません。

 

エドガーはキャシーが嵐が丘に行ったことを知り、ヒースクリフがいかに極悪非道な男であるかを説きます。

 

嵐が丘への再訪を諦めたかのように見えたキャシーでしたが、実はとリントンと内緒で恋文のやりとりを始めます。それも結局はネリーに見つかり手紙も禁止されてしまうのでした。

 

 

 

第二十二章 ヒースクリフの罠に簡単にはまるキャシー

しばらくしてキャシーはヒースクリフと偶然再会します。

 

彼はキャシーが手紙をよこさなくなったため、リントンは日に日に弱っていると彼女を責めます。そして彼を救えるのはキャシーしかいないと焚きつけるのでした。

 

ネリーの忠告にも関わらず、翌朝キャシーはネリーを連れて、再び嵐が丘に向かいます。飛んで火にいる夏の虫とはこのことですね・・・。

 

第二十三章 キャシーのやさしさにつけこむわがまま小僧リントン

キャシーが嵐が丘を訪れるとリントンは喜びますが、父親を巡り二人は口論となります。咳き込み苦しむ軟弱小僧のリントン。キャシーは自分が彼を苦しめたと思い心配します。リントンは彼女のやさしさに付けこみ、わがままの言い放題です。

 

そんな二人を見て、ネリーはリントンとの再会を禁じようとしますが、不覚にも病気で3週間寝込み、その間監視不行き届きに・・・。ネリーおばさん、肝心な時にやらかしてくれます。

 

第二十四章 キャシーは嵐が丘へ

ネリーはキャシーが外出から戻るところ見つけ詰問します。

 

彼女は毎日のように嵐が丘を訪れリントンと会っていました。

 

わがままで意地の悪いリントンは自分の病弱さを訴え、キャシーの同情心を買い、毎日会いに来てほしいと懇願していたのです。

 

一方ヘアトンもキャシーの気持ちを引こうと、覚えた文字を読んでみせますが、逆にバカにされてしまいます。

 

 キャシーはこの嵐が丘の訪問を父親には内緒にしてほしいとネリーに懇願します。ところがネリーは翌朝すべてをエドガーに話してしまうのでした。なんて素敵な家政婦!

 

エドガーはキャシーに二度と嵐が丘に行かないよう言いつけます。

 

第二十五章 エドガーは自分の死期を悟り、娘の行く末を心配する

 エドガーは自分の命が行く末永くないと悟り、後に残されるキャシーを心配します。

 

彼はリントンが娘の夫としてふさわしいか確かめようと、リントンに会おうと手紙をしたためます。ところがリントンからの手紙にはヒースクリフの言いつけで鶫の辻には行けないこと、そしてキャシーと会わせてほしいとの願いが記されていました。

 

エドガーはしぶしぶ鶫の辻の近くで散歩をするくらいなら良いだろうと、二人の再会を許可してしまいます。

  

第二十六章 ヒースクリフの影に怯えるリントン

キャシーネリーを連れてリントンと再会しますが、彼の顔は真っ青でぶるぶる震え、とても散歩ができる様子ではありません。ところが彼は具合は悪くないと言い張るのです。

 伯父さん(エドガー)には、ボクはそこそこ元気だと伝えてほしいんだ。いいね?(新潮文庫 鴻巣友季子訳 以下の引用は同様)

 

リントンはヒースクリフに脅され、あたかも健康で夫としてふさわしいとエドガーに思わせるよう、無理にデートを強要されていたのです。

 

 

第二十七章 ついにヒースクリフの本性が露わに。これは逮捕のレベルだ! 

 エドガーの病状が悪化し危篤状態となる中、キャシーとネリーは再びリントンに会いに行きます。

 

リントンはひどく怯えた様子でした。そこにヒースクリフが現れ、半ば強引にキャシーとネリーを嵐が丘の屋敷で監禁してしまいます。とうとう本性を現しました!もうこれは犯罪です。

 

ヒースクリフは、リントンと結婚しなければ、ここから出さないと迫ります。

 

彼女は危篤の父親に会うために、結婚を承諾してしまうのでした。えぇ~っ?!

 

第二十八章 キャシーはからくも脱出し、父親エドガーの最後を看取る

ネリーは5日後にようやく解放されますが、キャシーは今だ監禁されたまま。リントンはヒースクリフの怒りが自分に及ばないとわかると、飴玉をしゃぶってキャシーのことなどお構いなし。あんなにやさしくしてもらったのに、とんでもないガキです。

 

ネリーはいったん鶫の辻に戻ると、一族郎党を引き連れキャシーを奪回しようとしますが、その夜、キャシーは一人で鶫の辻に戻ります。リントンが彼女を逃がしてあげたのです。実は優しい面もあるようです。

 

エドガーはキャシーに見守られながら、静かな最後を遂げます。

 

 第二十九章 愛する人の墓を暴くヒースクリフ。正真正銘の変態だ!

エドガーの葬儀が終わるとヒースクリフがキャシーを連れ戻しに、鶫の辻へやってきます。

 

彼はネリーに、昨夜キャシーの母親キャサリンの墓を暴いて遺体を見てきたと告げます。ヒースクリフは自分が死んだ後、彼女の隣に葬られ、土の中で彼女と一体となることを望んでいるのです。この変態野郎!

 

ヒースクリフはキャサリンが死んで18年間、ずっと彼女の亡霊取りつかれ、苦しみ続けていました。

 

けど、もう彼女に会ったから、心が落ち着いたよーーー少しばかり。変わった殺し方じゃないか。十八年ものあいだ、こっちは希望という亡霊に騙されつづけて、一寸刻み、いや、髪の毛の何分の一かずつ妙な具合に死んでいくんだぜ! 

 

 キャシーとリントンを鶫の辻で生活させたいというネリーの願いも聞き入れられず、ヒースクリフはキャシーを嵐が丘に連れ去ります。

 

 第三十章  リントンは死に、キャシーは嵐が丘で孤独な生活を送る

ある日ネリーは嵐が丘で働く家政婦ズィラから、キャシーの様子を聞き出します。

 

ズィラが言うには、リントンはすでに亡くなっていました。キャシーは誰とも打ち解けず、ヘアトンの好意にも悪態をつく始末。ズィラからもよく思われていない様子です。キャシーは孤独でみじめな生活をおくっていたのです。

 

こうして、ネリーおばさんの、なが~い昔話は終わります。聞いているロックウッドも暗澹たる気持ちです。

 

第三十一章 ロックウッド 鶫の辻を去るため嵐が丘にご挨拶

 ロックウッドは鶫の辻から引っ越すことを思いたち、再び嵐が丘に向かいます。

 

ロックウッドはキャシーとヘアトンと再会しますが、二人の関係は相変わらずギクシャクしたものでした。

 

キャシーはヘアトンが読めもしない本を隠し持っていることをバカにします。怒ったヘアトンはキャシーを平手打ちし、本を暖炉に投げ捨ててしまうのでした。

 

ヘアトンはキャシーに認めてもらいたいという一心で、本を読むという向上心が芽生えていたのですが、逆効果となったようです。

 

そこにヒースクリフが現れ、ロックウッドは鶫の辻を去ることを告げます。

 

第三十ニ章 様変わりした嵐が丘 再びネリーがことの顛末を語る

ロンドンに暮らすようになったロックウッドは、北イングランドに住む友人から狩りの誘いを受け、久しぶりに鶫の辻へ立ち寄ることになります。ところがネリーはもうそこには住んでいませんでした。彼女は嵐が丘に移り住んでいたのです。

 

ロックウッドは嵐が丘を訪れますが、屋敷は以前とは様子が様変わりしていました。ヒースクリフは3か月前に死んだというのです。そして険悪な関係だったキャシーとヘアトンは、今は仲睦まじく恋人のように暮らしています。

 

ロックウッドが去った後の顛末を、再びネリーが語りだします。

 

教育を受けさせてもらえず本を読むことができないヘアトンでしたが、キャシーに認められたいとの思いもあり、強い向上心はありました。そんなヘアトンを最初はばかにしていたキャシーでしたが、彼に読み方を教えるようになったのです。

 

動物のようなヘアトンの生活に「本」という理性の光が差し込み、二人の関係は急激に親密なものへと変わっていったのです。

  

第三十三章 復讐の後にヒースクリフの心に去来したもの

一方、ヒースクリフにも変化が現れます。

 

彼はキャサリンによく似たヘアトンとキャシーを見ているのがつらくなり、二人を破滅に導こうという邪悪な意欲を失っていきます。

 

 彼はずっとキャサリンの面影に病的に取りつかれていました。

俺はまさしくあいつの姿に囲まれているようなものさ!<中略>この世は丸ごと、あいつが生きていたことを、俺がそれを失ったことを記す、膨大なメモみたいなものなんだ

 

ヒースクリフは日常の生活や食べることにも興味を失い、死をほのめかすようになります。

 

第三十四章 ヒースクリフの最後

 ヒースクリフはとうとう一切食事をとらなくなります。しかし彼の表情は明るい笑みを浮かべているのでした。彼は「自分の天国」を見つけたというのです。

 

大雨が降った翌朝、ネリーはヒースクリフが部屋で死んでいるの見つけます。絶食のため死んだのか、病気のため食事がとれなかったのか、本当の死因は分かりません。

  

その後、ヒースクリフとキャサリンの幽霊が村をさまよう姿を人々が目撃するようになります。下男のジョウゼフも雨の夜にはヒースクリフの寝室の窓に二人の顔が見えるというのです。こわっ! 

 

 ネリーの話が終わると、ロックウッドはキャシーとヘアトンと会うのを避け、こっそりと屋敷を出ます。墓に向かったロックウッドは、そこにはキャサリン、エドガー、そしてヒースクリフの墓が並んでいるのを見ます。そしてこう思うのでした。

 

こんな静かな大地に休らう人々が静かに眠れぬわけがあるだろうか。

 

 

 感想 ヒースクリフとは何者だったのか?

最終章でネリーはヒースクリフについてこう思います。

そもそもあの子はどこからきたんだろう、あの色の黒い子供は?善い人に大切にされながら、それが身の毒になったけれど

 

 孤児だったヒースクリフはリヴァプールで「ご主人様」のアーンショウ氏に拾われます。リヴァプールという町は今でこそビートルズやサッカーで有名ですが、かつては奴隷貿易で栄えていた町なんですね。アフリカから連れてきた奴隷を北アメリカに売り飛ばして莫大な富を得ていた訳です。国際奴隷博物館なんかもあります。

 

ヒースクリフが嵐が丘に連れられてきた当初、英語ができず意味不明な言葉をしゃべります。小説の中ではいっさいふれられていませんが、彼はアフリカ系か、その血を引いていたのかもしれません。2011年の映画「Wuthering Heights」はリースクリフをアフリカ系の役者が演じてますね。

 

嵐が丘のようなキリスト教の道徳が支配する田舎では、そんな彼の存在自体が全くの異端だったはずです。

 

ジョウゼフという嵐が丘で働く下男の爺さんがでてきます。彼は自称敬虔なキリスト教徒ですが、その解釈は独りよがりで、教養のない粗野な男です。長いこと嵐が丘に住み込みで暮らす彼が、古ぼけたこの村の価値観を象徴しているとも考えられます。

 

そんな嵐が丘にヒースクリフという異端が入り込むことになるのです。

 

ヒンドリーの彼に対するひどい仕打ちは、父親の愛情を奪ったことに加え、こうした異なるものへの憎悪や恐怖があったのかもしれません。世界が異なる価値観で分断されようとしている今日の社会でも普遍的テーマだと思いませんか?

 

 

 

以前当ブログでカミュの「ペスト」を紹介しました。

www.hirozon.com

小説「嵐が丘」にとってのペストはヒースクリフと言っても過言ではないでしょう。彼は嵐が丘と鶫の辻という二つの小さな世界に病原菌のように巣くっていきます。

 

しかしカミュの小説と異なるのは「不条理」を描いている訳ではないということです。彼の復讐には理由があります。

 

根底にあるのは少年時代にヒンドリーから受けた虐待です。

 

ヒースクリフのキャサリンに対する偏執狂的な愛も、子供時代の虐待がもとになっています。寄る辺なき少年にとって頼れる存在はキャサリンだけでした。そんな少女にいだく感情は男女の愛というよりも、同志の絆のようなものだったはずです。

 

そんな二人はお互いが未分化のまま成長していきます。エドガーと結婚するためにはヒースクリフと別れて暮らさなければならにと説くネリーに対し、キャサリンはこう反論します。

ネリー、わたしはヒースクリフと一つなのよ ー あの子はどんな時でも、いつまでも、わたしの心のなかにいる ー そんなに楽しいものではないわよ。ときには自分が自分でないのといっしょでね ー だけど、まるで自分自身みたいなの。だから私達が別れるなんて話は二度としないで

 

一方、エドガーに対する愛は、普通の男女の愛と変わりません。彼女にとってヒースクリフとエドガーへの愛は別ものであり、両立しうるものでした。

 

もちろんヒースクリフにとってそんな彼女の理屈は理解できるものではありません。まあ理解しろというのが無理がありますけど・・。彼の矛先は彼女を奪ったエドガーに向かいます。

 

ところが、ヒースクリフの復讐は彼らの子供たちの代にまで及びます。キャシー、ヘアトン、リントンにとってヒースクリフは不条理な存在でしかありません。彼の圧倒的な暴力の前に子供たちは支配されるしかないのです。

 

目的を遂げたヒースクリフは最後に「自分の天国」を見つけ明るい表情を見せるようになります。それと同時に子供たちへ復讐の意味も失っていきます。

 

異端者であるヒースクリフにとって天国とはキリスト教徒のそれではなかったのでしょう。彼にとっての天国とはキャサリンとの再会を約束する地に他ならず、そこに行くためには、もう食事をしてこの世に留まる理由はありません。彼が絶食して息絶えるとこによって、ようやくキャサリンとの再会できたのです。

 

彼がいなくなった後に嵐が丘に平和が訪れ、読者はようやくほっと一安心して本を閉じることができるのです。

 

この小説には読者が共感できるような好人物はほとんどでてきません。すべての人物が心に邪悪さを抱え、小説全体がインモラルな印象を醸し出しています。それでもネリーの語り口はユーモアに満ち、読者を一気に物語の世界に引き込んでしまいます。

 

今回読んだのは新潮文庫の鴻巣友季子訳ですが、登場人物が口語で語りかけてくるので、非常に読みやすく一気に読むことができました。

 

エミリー・ブロンテの「嵐が丘」。恋愛小説と復讐劇とゴシックホラーの要素を全て持ち、読み始めたら止まりませんよ! 

 

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